そしてそこに実は気をつけるべき点がある。集合知とか「みんなの意見」というと、何かそういう意見や知識が自然に実体的に存在するような印象を持ちやすい。でも実は「みんなの意見」は、かなり高度な手法でだ...
Published by atasinti,
そしてそこに実は気をつけるべき点がある。集合知とか「みんなの意見」というと、何かそういう意見や知識が自然に実体的に存在するような印象を持ちやすい。でも実は「みんなの意見」は、かなり高度な手法でだれかが作り上げるものだ。自然に生まれる合意のようなものではない。その意味で、個人的にはこの種の集合知を民主主義とつなげて論じるありがちな議論に、少し疑問を抱いている。 たとえば「集合的にベストな意思決定は意見の相違や異議から生まれるのであって、決して合意や妥協から生まれるのではない」(p.18)と本書は言う。意見集約には投票すべきなのだそうだ。でも、何でも投票で片付けて少数意見を切り捨てるのが民主主義ではないのも当然だろう。妥協と合意のない政治などあり得ない。その意味で著者の言う集合知や「みんなの意見」は、実は究極のところで民主主義とは似て非なるものなのかもしれない。その「意見」が集約され、作り上げられるプロセスには、ものすごく警戒が必要なはずなのだ。 そしてそれに伴い、本書でボケ役の専門家の役割についても、必要以上に軽視すべきではないことも指摘しておこう。というのも本書には出てこないが、「みんなの意見」には大きな欠点がある。なぜそういう結論になったのか、さっぱりわからないのだ。本書冒頭の例だと、なぜウシの重さが一一九七ポンドだと思うんですか? 専門家なら、その根拠を(こじつけでも)説明できるし、その説明に対して(形式的にせよ)責任を持つ。でも「みんなの意見」の根拠なんかだれも説明できないし、だれも責任を持たない。あなたが五里霧中の状況にいたとき、根拠レスな「みんなの意見」に本当に命を賭けられる? ジャングルで迷ったとき、専門家はたとえば植生を根拠に西に向かおうといい、その判断に自分の名誉と命を託すという。ところが「みんなの意見」は、特に根拠はないけどなんとなく東だという。さて、あなたは「みんなの意見」に従う気になる? 従わない人は本当に不合理と言えるだろうか?みんなの意見の意義と限界:『「みんなの意見」は案外正しい』解説 (via pdl2h) (via hexe) (via yaruo) 2009-12-08 (via gkojax-text) (via yaruo)