ある現象が病気であるか、そうでないかは「恣意性」だけが決定することである。これはぼくが「感染症は実在しない」で述べたことである。苦痛を基準に病気を定義するのであれば、無症状の高血圧が病気であるの...

ある現象が病気であるか、そうでないかは「恣意性」だけが決定することである。これはぼくが「感染症は実在しない」で述べたことである。苦痛を基準に病気を定義するのであれば、無症状の高血圧が病気であるのはおかしいし、失恋が病気でないのもおかしい。将来のバッドアウトカムのリスクを基準にするのであれば、明らかながんのリスクである「加齢」が病気でないのは齟齬が生じる。メタボリック症候群が病気かそうでないか、もめているのは当たり前の話で、それが「恣意性」が規定することだからである。結核感染者(が、非発病者)は昔は「予防」の対象であり、患者ではなかった。それが、結核撲滅という「恣意性」のために「潜伏結核」という病名が冠されたのである。すべては恣意性のなせる業だ。「新型うつ」は病気と認識しないほうがよいと思う、という話(案) - 楽園はこちら側 (via otsune)